2013年12月 の 現地報告!です

◆クリスマス準備

12月1日、みんなでクリスマスを迎える準備。

お祈りの部屋に馬小屋、ツリーをはじめ、食堂や寝室、浴室のドアにも飾り付け。

準備しながらこどもたちのわくわく感が高まっていくのを感じました。

楽しいことなら普段使うのを避ける不自由な方の手や訓練の時には震える指先も動く動く!

楽しい時間でありながら、

「この子の手はここまで伸びるのかぁ」「この集中力はどこからくるんだ?」

なんてひとりひとりの可能性を垣間見る、やっぱりたのしい時間でした。


◆あるひと時

10月にお店ancha sumajの注文を無事に終えて、

残ったのが大量の色紙の切り端。

セレステはこの時間(大体食後)泣きじゃくって自傷に走ることが多いのですが、

通りかかった昭子さんがこの切り端で遊ばせてみる。大喜び。

時に私たち職員は自閉の子やこどもたちの発達の一段階で対応が難しい場面に出くわす。

いくつかの方法を試してはうまくいったりいかなかったり。そのうち諦めたり。

そんなときの突破口はパッとひらめくアイディアだったりする。

毎日は喜んではくれない、だけど気分を変えるには十分な効果を齎す。

またがんばろうと思う笑顔に出会う。


◆誕生日

12月はホセ・ロペスとロサリオの誕生日。

ホセは担当の職員の自宅にお泊りに行くその日にみんなでお祝い。

このあとお泊り先でもおいしいご飯と、

普段は味わえない小さい家族(父母と3人の息子)を体感したに違いない。

ロサリオも同様。

「家族がどのようか」なんてことは考えもしない彼ら。

「あ~、たのしかった!」で終わるのだろうか。

たぶん違う。

普段と違う人と普段と違うベット、食事の味付け、雰囲気、声掛け・・・

「普段と違う」とたくさん出会う。

忙しく感情は動く。

ちょっとの緊張と「普段と違う」の楽しさと、

いつもよりずっと目を向けてもらえる喜びと、

でもそこは自分の場所ではない何らかの感情。

表に現れない、言葉にならないさまざまな感情の流れがあるんじゃないのかな。

お泊り先で親子の会話をわからないながらに聴いて何を思うのだろうか。

聖マルティンの家は一般的ではない。

まず、父親が神様ってところがぶっ飛んでいる。

母親は昭子さん。

マルティンさんは・・・いつも世話焼いてくれる隣に住んでるおじさんくらいかなぁ。

私は3年関わって「家を出た長女」的な感覚に。

これはあくまで私の感覚。

血のつながりのない私たち。

国、つまりは文化も習慣もみにつけた感覚も全く違うわたしたちが家族になるって、

父や母や兄弟姉妹であることを感じるってすごいことだと思う。

頭で考えてたんじゃ到底できない。

「昨日の夜はミリアンが泣きじゃくって寝れんかったね」

「そろそろそのパジャマ、捨てたほうがいいかもよ」

「ごはんおいしい!」

「喧嘩はやめなさい!」

「ホスエを叱らないで!泣くのを見たくないんだ。」

「ロサリオにいたずらしてやるぅ」

などなど日々の事柄が私たちを家族にしていく。

そんなことを思った2人のお泊り誕生日。


 

◆クリスマスお別れ会

何とも寂しい題名。

12月は毎年子供たちが夏休みに入るためクリスマス会をします。

その時に合わせてこどもたちにどんなことを教えているのか、

また必要なのかを教育・リハビリ・看護の3点からご家族に報告する時期でもあります。

1220日までの1週間でひと家庭ずつ調整して報告会をし、

家庭の様子等もきいて今後の対応や方向を話し合いました。

もちろん、外来のこどもたちへは外来部閉鎖の通知をし、

家でできることを提案していきました。

この日はこどもたち、親、職員・・・それぞれの想いを抱えてのクリスマス会でした。

写真では親御さんと職員が連絡先を交わす場面も見られます。

セレステ・カローラ2人の重度の自閉症の子を抱え、

生まれたばかりの赤ちゃんとまだ2歳の幼い息子、

何事にも敏感な14歳の娘を抱えて、このお母さんはかなりうろたえていました。

支援が必要だとわかっている、でも第一にこの家のこどもたちを、この家を守る、

(他にもさまざまな理由があると思うが)という母(昭子さん)の決断・・か?

彼女のことだから苦しみ続けているのを知っていて放っておくことはしない。

時がきたらまた動きだし、いつも心にとめている。神さんに委ねるとき。

もうひとつおすすめ写真。

ゾナルと職員。

ゾナルがこの家にきてから4年、この職員が大きくかかわった。

彼の反抗期や前の施設の仲間との別れのつらさはこの職員を中心にぶつけられることになった。

(彼からするとほんの一部をぶつけたに過ぎないだろうが)

だからこそのゾナルのこの表情・・・か?

すべてはわかってもらえなかったし、大部分をあきらめたかもしれない。

だけれども彼だけの強さを見出した。

そしていつもこの職員は、いた。

こんな風に子供たちひとりひとりに各職員との豊かな関係がある。

ある一部分を分かり合う、癒しあうそんな柔らかい関係。

最後の瞬間に写真に現れたように思う。

すべての出会いと別れと同様、わたしたちが生きていく肥やしになる。