2016年10月 の現地報告! です

11月といえば、日本は秋から冬へと変わる季節ですね。

ここ、ボリビアは春から夏に変化しているところなのですが、あんまり季節感はありません。

乾期から雨期への変化の時期なので、10月に入ってからは朝方や午後に雨が降るようになって私には却って肌寒く感じます。

夏に近づいているのに。

それでは早速10月の報告をしてまいります。


【学生ボランティア、その後】

先月より継続して来てくれている学生たち。

はじめは戸惑っていましたが、訪問時にCAPEDISの必要をみつけて次の回に補充という流れ。

たくさんの加工食品とおやつ係が作ったおやつ、庭の遊具のペンキ塗り、電球の交換とグループごとに活動してくれました。

機会があって、ローナルも自分の歌を披露。

彼はいろんなテーマの歌を作っていますが、その中で障害をもつ自分の想いを詩にしたものを歌っていました。

学生たちは14歳でローナルよりも6歳年下。

40人くらいごっそりと学生たちがいましたが、どれだけの人の心に届いたのだろうか。

ある者は携帯をいじりながら、あるものは友だちとしゃべって興味ない様子。

もちろん聴いている人もいる。その後のコメントはどこか上から目線。

今響いていなくても、先のどこかでひっかかってくるのかもしれない。大切なのは関わること。お互いに知っていくこと。

だから、毎回の機会を大切にしたい。

総勢50名ほどの学生たちからですから、

たくさんのご寄附をいただきました。

おもしろいな、と思ったのは学生たちが1個ずつもってきたこと。

つまり、20Bsのシャンプーを持ってきたこともいれば、

40Bsのトイレットペーパ-の子も。

はたまた2Bsの洗濯石鹸の子もいまいした。

個人と家族の意向なのでしょうね。

このばらつきがボリビアらしくておもしろかった。

日本なら、家庭の格差がでそうなこんな試みは、

家族からの苦情を考えてしなさそうだから。

色んな意味でゆるいボリビア。すばらしい。

おやつ係のグループ。

フルーツポンチとサンドイッチ、

ジュースと盛りだくさん作ってくれて、

みんな腹いっぱいになりました!

屋内外整備係のグループ。

庭の遊具のペンキ塗りと電球の交換をしてくれました。

が…さすがは学生、片付けまで行き届かず、やりっぱなしでしたね。次回はそのことをさきに伝えて、きれいに仕事をしてもうぞ!

ローナルが学生たちの前で歌を披露。

横でホセがまるで守衛のように佇む。

ホセのこのときの様子は

「どうだ、かっこいいでしょ?うちのローナル」

っていう態度だったんです。

喋っている子たちに「シーッ」って黙らせようとしたりして。

丁寧で穏やかなマリア・ルースに、

何か思うところがあったのでしょう。

右に立ってる女の子は、

毎回訪問ごとにマリア・ルースと話し込んでいました。

姉のように、母のように、弟のように、友だちのように感じると、

あっという間に相手はいわゆる『障がい者』ではなくなる。

ただの親しみを感じる人になる。

困ったときに助け合う関係に、なる。


【新メンバー紹介 ニノスカ(女性 41歳)】

ニノスカは10月10日に入所。

入所の経緯は知り合いの医師の紹介である女性から身元引受を頼まれてのこと。

いつものように本人の詳細な情報はなく、ガン末期患者ということで受け入れた。

いつ悪化するかわからない状態で慎重に対応していたが、本人の情報が入所後に少しずつ得られて今では、

「癌じゃないのでは?」と疑問が湧いているところである。

ニノスカは養子で育ての親からきちんと教育も受けている。看護学校をでていて免許をもっているのだ。

今その母親は老人ホームに入所し、ニノスカとは縁が切れているようだ。

(母親は彼女に会いたくもないし、なんの情報も知りたくないという。

 ニノスカがおそらく恩知らずなことをしてしまったのだろう。)

看護士として働いた期間もあるし、こどもも3人いる。旦那はいないようだ。

2人の子は別の県にいて、ニノスカとはやりとりがなく、一番下の男の子だけが通りで暮らしており、

お金をせびる関係でたびたびニノスカのところを訪ねているようだ。

彼女の入院や転院の知らせもこの息子を通して知らされて、

お友達が面会にきてやっといろいろな情報を得ることができたのである。

親友たちの話によると、ニノスカは数年前に今回と同様憔悴した状態で見つかり、乳がんであることがわかった。

その治療を学生のころの親友たちが交代で彼女だけを自分の家で世話をして助けることにした。

息子は15歳だがすでに通りでの暮らしをしていて、母親と一緒には暮らしていなかったらしい。

でも行く先行く先に息子は現れて、病床の母親に金をせびりに来て、ついでに窃盗もしていったのだろう。

親友たちは息子からニノスカと自分の家族を守りながら暮らしていた。

ちょうど1年前に彼女は友だちの家から出て、消息を絶った。

その後は彼女も通りでの暮らしをしていて、人に好かれる性質なのだろう、

通りの知り合いたちが部屋を準備して住まわせてくれた。

そうやって1年を過ごし、最後は姿を見せなくなった彼女を訪ねて近所の人が部屋を訪れ、

憔悴しきった彼女を慌てて救急病院へ運び、その後国立病院に運ばれたのだ。

入院の事実を息子が親友たちに知らせて、その親友の一人が昭子さんにお願いしたという経緯だったのだ。

以前乳がんを患っていたため、

脳あるいは全身に転移して寝たきりの状態になったのだろうとの推測が「ガン末期」に変換されたのだろう。

CAPEDISに来てから食べれないし、話もしないし、反応が薄く、

もう死ぬ間際だということで病者の塗油をしてもらったのだが、

その後からみるみる反応があらわれて調子がいい時は家族の話をしたり、歌を歌ったりもするようになった。

あれから1ヵ月が経過して私たちも彼女の反応から「なんか変」だと思うようになった。

ガン末期って吐き気や痛みやしんどさが増していくのでは?

でもそれが一向になくてできることがどんどん増えていっているのだ。

そこで詳しく話を聞くと、癌の検査はしていなくて頭部レントゲンでは強打の痕らしきものが写っていて、

断定してはいえないがガンとは言えない。可能性がなくもない、くらいだったらしく先週改めて検査を行った次第。

本人の話からどうも息子がニノスカに暴力をふるい、頭を強打して視力を奪ったようであるという新たな情報もあって、

医師の診断は尊重するが本人の様子を見ながらのリハビリが始まっている。

ベットに寝たきり状態はなしにして、ご飯も自分でスプーンをもって食べるようにする。

毎回こんなんばっかりですが、今回は、

死が目の前にあろうとなかろうと本人が本人らしく最後まで生きるってどういうことなのかを考える機会になりました。

「ガン末期」と聞いて早速病人扱いした自分がおもしろく、やり過ぎていました。

あくまで本人の状態と意向を組んで関わることが大事なのだと思いました。

 

CAPEDISに来て1週間のころ。

久しぶりに本人の調子がよく、

とてもリラックスして気持ちがよさそうです。

ほとんど何も食べれていなかったのが、

この日はお肉もケーキもジュースも少しずつ食べました。

久しぶりの外の空気に気分がよかったのでしょうね。


【障がい者の日】

10月15日は障がい者の日。この週は活動がたて続いていた。

12日に障がい者の権利を訴えるためのデモ行進。14日に市のイベントに参加。

その間の13日にCAPEDISは障害をもつ人たちの家だから、それにちなんでみんなでおでかけしました。

職員の別荘(ときくととてもお金持ちに聞こえますが、10年くらいかけて田舎に家を建てるのはここコチャバンバの庶民がよくやる方法。)でバーベキュー。

ある者は準備をして、ある者は日光浴、ある者は緑の多い田舎道をお散歩。

おいしいものたらふく食べて、のんびり過ごせたいい一日となりました。

ホスエ、いい感じの写真でしょう?

日光浴をしながら、おやつのスイカを食べております。

職員の別荘には囲炉裏があるのですね。

こんなんがあるとリッチな感じがしますね。

バーベキューも一段と美味しく感じます。

ありがたいことです。

厚切り肉に塩とレモンをかけて焼くだけ。最高!

マリソールもロスメリーも昼食準備に参加。

食事班と会場設営班とに分かれて、

あとは時間の空いた人からお散歩したりして過ごしました。

 

先日ご紹介したフアン・カルロスのこどもたち。

3人の子供がいて、そのうちの下の2人を連れてきました。

女の子は人見知りしていましたが、

男の子は素直で人懐っこくてとってもいい子。

1日ですっかり仲良くなりました。

集合写真。

ローナルもニノスカもいい表情。

別荘の近辺を、ローナルとシエロと、

フアン・カルロスの息子フランシスコと4人でお散歩したときに、

シエロが私の腕を頻繁につかんで何やら要求している・・・

写真を撮れ、という。で、撮った。

お題『シエロとサボテンの花』

面白いやつ。


【パン作り】

毎年恒例のパン作り。11月2日が死者の日。

前日1日の午前中に亡くなった人たちを受け入れるためのテーブルを準備し、2日のお昼にはしまいこむ。

1日12:00から2日12:00の24時間が死者の霊魂が戻ってくるとされている。

ネイティブ文化と混ざってテーブルの上はおもしろいことになっている。

基本的にテーブルに必要なのは十字架、月、太陽、男女セットの人形型パン、はしご、馬。

それぞれに意味があるような、ないような。

はっきりとした言い伝えはないというか、場所によって意味合いも違い、それが長い年月で混ざり合って、

更にいい加減さが増している感じなのだ。誰も本当の意味を知らない。で、それでいい、とする。あくまで、ゆるい。

だから、みんなでとことんパン作りを楽しみました!

次は何の形を作ろうか?と考えながら、好き好きに形作る。

ホスエは男の子のお人形を、シエロはぐるぐる巻きのパンを、

ホセはただただ丸い生地を手のひらで潰しただけの丸い、薄っぺらい何かを、

ロサリアは・・・・生地を近くに置くとすべて投げてしまい、力ずくでひとつ作ったあとは、ひとりで遊んでもらいました。

そんなこともあるさ。

そしてみんながパン作りでわいわいやっているときに、イラリオンは、というと全く違う仕事をしておりました。

死者を迎えるためのテーブルの準備はみんなでするのが伝統的ですが、彼はその感覚がまったくない。

でも、少し前までは手を動かすこともせずに、リハビリと褥瘡の治療以外で反応することもなかったのだから、

仕事をしているだけ、まあ、よしとしよう。

ロスメリーは何を形づくっているかというと…ハート型。

想いを寄せるあの人に・・・・お年頃ですからね~。

このあとみんなに

「壊れたハートをつくりなよ、ちょうど今のあなたのように(笑)」

とつっこまれておりました。誰にでも惚れっぽい彼女。

最近、大っぴらにそしてかなりひどい振られ方をしたのですが、

本人、振られたことに気付かず。それっていいこと?

それで、みんなして君はひどい男に惚れていたし、

それでひどい振られ方をしたのだということを本人に気付かせようとしているのです。あ~無情。

でも異性を見る目は自分で培わないとあとで大変なことになるからなぁ…

 

マリア・ルースも、

ホセの協力のもと、生地を伸ばして、

コップやナイフを使って模様を描いておりました。

彼女は芸術家ですからね、お手の物ですよ。

 

職員も超集中してます。

彼は心理士で、この日一番の作り手でした。

細やかなところまで再現していい仕上がりになっておりました。

横にあるのは女性型のパン。

 

好き好きにいろんなものを形作っております。

天使やネズミや何だろ、えんどう豆?とにかくなんでもいいのです。